2016年4月16日土曜日

伝え聞く/いにしえびとの声を聞き・・・m(._.+)m

昨日の風も収まり 朝から日差しが・・・10時前くらいから暑くなり始め・・・思わず・・・Tシャツ一枚で仕事をしょうかなと思うほどでした・・・長袖のポロシャツで仕事をしましたが 車のエアコンを使うほど・・・まだ早いかな・・・と 窓を全開にして移動を・・・昼から穏やかな風か吹き始めて 少しは涼しくね・・・それにしても 暑い一日でした
佐渡の渡し』で揖斐川を渡り 『墨俣宿』へ その前に・・・『墨俣宿』は木下藤吉郎が 一夜にして築城し 太閤出世物語の出発点となった岩城慶長7(1602)年五街道の東海道と中山道を結ぶ脇街道 美濃路鎌倉時代に鎌倉と京都を結ぶ街道として整備され 東西交通の重要な幹線 鎌倉街道・・・と古くから『墨俣』は歴史に顔を出しています それにもう一つ お寺か多いのですわ・・・その名も『寺町』として町名が今でも残ってます・・・と言う事で・・・まずは・・・『鎌倉街道』です
長良川沿いから『墨俣』へ入ると 道路に道しるべが『鎌倉街道』を今 歩いています・・・これより西に160m行くと『下野家枝垂れ櫻と蔵』『奥田家水屋』へ
同じ交差点から250m行くと『義円公園』へ 先にこの公園に行く事にしましょう
養和元年(1181)墨俣川をはさんで源平一大合戦が 「義円公園にはその際に亡くなった源義円が祀られている義円地蔵」「義円供養塔」-「源平墨俣川古戦場」の碑が 毎年3月11日命日に供養が執り行われる・・・先ほどの交差点まで戻り 西へと歩きます 途中 右手に神社見えてきます-『村社/不破神社』・・・宇治捨遺物語にある「大海人皇子を救った墨俣の女」は 上宿の村社・不破神社にお祀りしてある不破神明の化身であるといわれています・・・もう少し歩くと下野家枝垂れ櫻と蔵』『奥田家水屋』の道標が 下野家枝垂れ櫻と蔵』はやはり住んでいると言う事で 中には入れませんでしたから 門越しに下野家枝垂れ櫻 を門から 蔵は見られませんでしたが 奥田家水屋は外から写真を 古の面影はなくても 凛とした街道でした
下野家枝垂れ櫻と蔵
奥田家水屋
    かいどうは あるけばかなし かたりべか 

2016年4月15日金曜日

天変地異/今は待つ身の時は過ぎ・・・m(._.:)m

今日も朝から日差しはあれど・・・昨日の夕方からの強風が・・・今日も朝から吹いてました・・・昨夜の九州-熊本の地震といい・・・この頃の風といい 気候的に変動があるのですかね・・・少し心配ですが・・・今日も幌付き軽トラは風にも負けずに 頑張って走ってくれました 風には弱いのよ 風さえなければ穏やかな日でしたが 強風だけで済んだ良かったですが・・・熊本では地震で大変ですから・・・早めの復興を願ってます
おじさんは世間の騒がしさを気にもせずに・・・『美濃路』を行きます・・・『飯沼慾斎邸跡』を右手に見ながら 東に向かいます・・・少し寄り道を・・・「牛屋川」に一度戻りまして「俵橋」の欄干にも画が描かれています・・・「俵」を運ぶ人たちですかね
さて『美濃路』に戻りまして 東へと向かいます 『美濃路』を示す標識が所どころに配置してますから その通りに進むと 『美濃路大垣宿/本陣』が左手に 『美濃路大垣宿/本陣』-明治11(1878)年東海北陸御巡行の帰りに 美濃路大垣宿の旧本陣飯沼武右衛門邸に『明治天皇』がお泊りになりました・・・今は無料で室内を見学できます
 
美濃路大垣宿/本陣』から数分歩くと 『美濃路大垣問屋場』跡に・・・もとは本町にあったみたいですが 寛文の頃に 移動したみたいです

美濃大垣宿路問屋場』跡を 今度は北に向かいます・・・道標を頼りに歩いていくと『本町道標』が・・・美濃路/竹鼻街道との分岐点ですか-「左・江戸道/右・京みち
『本町道標』を過ぎ 北へと向かいます大通りを横断して少し歩くと 『美濃路大垣宿脇本陣』跡が・・・今は店などが立ち並ぶ 一角に『脇本陣』があった記しだけが
揖斐川』の渡しまで 先を急ぎます・・・・北に向かいながら そして東へと 『揖斐川』の堤防が見え始め・・・『東町の常夜燈』が見えてきました ここから『佐渡の渡し』で対岸に・・・渡しに乗って 次の目的地/『墨俣宿』へ向かいます・・・今日の様な風か有ると怖いですが 無事に着けますか・・・ね・・・それは次回『墨俣宿』のココロダ
     かぜがふき はなびらちらす ときはすぎ

2016年4月14日木曜日

『櫻』が散っても/次が出番待ち・・・m(._.)m

朝の雲行き/空気の冷たさから 20度超えは・・・なんて思いましたが 昼前には軽く20度を超えたかな??? 適度な風と日差しが もうすぐ初夏だよて言っている様な 『櫻』の花びらも散り去り 葉っぱの緑が綺麗です 『櫻』に替わり『ハナミズキ』の白/ピンクが綺麗に咲き始めました・・・これからの時期は 花たちの競演が楽しみです
 『美濃路』-江戸時代に東海道・宮宿-中仙道・垂井宿を結んだ脇往還
住吉燈台』『船町港』から『芭蕉』の乗る船を見送り・・・おじさんは・・・『美濃路』を東に上ることに 『水門川』沿いに作られた『国名勝奥のほそ道の風景地/大垣船町川湊】』 貝殻橋の近くに『船町道標』が見えてきます しばし 風景を楽しみながら
 
船町道標』には江戸道/京みち・・・と おじさんは 江戸道を東に上りながら『墨俣宿』まで歩くことにしますか・・・本当は車での移動ですが-歩きもあるでヨウ
そのまま北へ『京橋』の袂に『大垣城西総門跡(京口門跡)』-水門川外堀であった頃の大垣城の説明がされている・・・今回 廻って再発見したことが・・・水門川に架かるの欄干に イメージしたような画が書かれています・・・訪れて見つけてね
そこから もう少し来たに行くと・・・『大垣祭り』で奉納されてる『浦嶋やま』の蔵が見えてきます 「俵町」の八幡神社の横のに収められていますが 蔵にも威風堂々とした雰囲気が・・・見て取れます・・・もう少し歩くと交差点に その周辺が江戸時代には『飯沼慾斎邸跡』 とまだまだ 『大垣宿』半分も歩いてません・・・今回はここまでと言うことで・・・次回はどこまで歩けるやら・・・頑張って歩きますか・・・次回のココロダ

      とおきやま みどりもえたる あめあがり

2016年4月13日水曜日

雨もあり・風も有り/後は雪と虹・・・m(._.)m

今にも雨が降り立てもいいような そんな天気でしたが 昼前の「美濃加茂」での仕事の際は 東の空に日差しが出ましたが それもつかの間 すぐに曇り始めて・・・それでも雨は降らず・・・風は強かったですね 木曽川付近では かなりの強風でした 町中では風の影響を受けることもなく 仕事が出来ましたが 昼からの関周辺では 時折 小雨がパラパラと降り出し 『河童』を着なければ・・・いけないかな・・・と悩むことはありましたが 結局・・・そんなに強い降りに合わずに・・・仕事・・・終了 濡れずに済みました
ノンビリと歩きながら・・・「水門川」までたどり着きまして・・・『大垣城外堀』を歩きましょうか-外堀の『』も散りそびれた花びらが・葉っぱの緑と相まって情緒が有りますね
清水橋」を越えると-左手に「市役所」が見えてきます・・・対岸の外堀には「俳句」のプレートが 遠くてよく見えませんでしたが ヒョットしたら『奥の細道』詠んだ「俳句」かな???次回行くことがあれば 調べてきますね・・・それにしても・・・『奥の細道』結びの地ですね・・・「水門川」周辺に 「俳句」の碑が建ってます こんなのを発見しました
 石山の 石より白し 秋の風」・・・那谷寺(石川県)
そこからもう少し歩くと『四季の広場』 水をテーマにしたような綺麗なところです
芭蕉』には名残惜しいですが 心は伊勢に飛んでいることでしよう・・・『四季の広場」から数分で『奥の細道むすびの地記念館』に着きます 『芭蕉』にはその対岸にある『船町港』から揖斐川に出て『桑名』までの 船旅を楽しんで下さい 古の人たちも『伊勢参り』に行く際には この港から船に乗って行ったのでしょうね・・・これが『伊勢街道』ですか
伊勢街道』は おじさんが思うに 「桑名」から水路で「大垣陸路で「垂井」までの道のりだったのでは・・・何時かは『伊勢街道』かな・・・『芭蕉』も無事 旅立ったことですから・・・おじさんは陸路で『美濃路』を歩きますか・・・『美濃路』のココロだ
     ちるはなと あさびてたのし かわくだり

2016年4月12日火曜日

風もやみ/日差しさし「ハル・三歩」・・・m(._.)m

昨日の風か 地表の熱を吹き飛ばしたのか??? 今日の朝は日差しがあれど 冷たい空気でした よい風も吹いていて 昨日の二の舞かと心配しましたが 昼前くらいから 吹く風にも暖かさが増し始めて 穏やかな日になりました 朝は車を運転していても ついヒーターを駆けようかと・・・昼頃には 窓を全開にして運転を・・・
東海道』『中仙道』と同じ様に 各地を結ぶ『街道』があります 『中仙道』の宿場町には 他の『街道』が入り組みながら発展した町が・・・例えば『大垣』は-『美濃路』-東海道宮宿と中山道・垂井宿を結ぶ脇街道 江戸と上方の交流の道 『伊勢街道』-お伊勢さん参りの道 鎌倉街道』-鎌倉時代に鎌倉を結んだ道 などなど・・・一番有名なのが『奥の細道』結びの地-『松尾芭蕉』が東北をめぐり その時の最後の地 
奥の細道』-元禄2年3月27日(新暦1689年5月16日)に江戸深川菜荼庵(さいとあん)」出発・・・行く春や 鳥啼魚の目は泪・・・と詠んで/河合曾良を伴い 東北の旅へ 8月21日頃 大垣に到着 9月6日芭蕉』-「伊勢の遷宮をおがまんと また船に乗り」・・・蛤の 「ふたみにわかれ行く 秋ぞと結びの句を詠んで出発した 
芭蕉」達は伊勢に出発するまでに 岐阜での「鵜飼」見物/鵜沼宿まで足を伸ばしたり
芭蕉』さんの時代にはなかった 大垣市内の観光を替わりに「おじさん」が「ハル/三歩」と行きますか ↑「大垣城」-天文4(1535)年 宮川吉左衛門尉安定が築城明応9年竹腰彦五郎尚綱の築城だとも言われています】 お城を見て商店街の方に・・・↓東門に出ます そのまま 大通りを横断し約2.3分歩くと「名水大手いこ井の泉」に
 
もう少し 町の中を歩くことにしましょう ここから南に下り 「大垣城」の南の大通りまで-その通りを西に向かい 【大垣城外堀(水門川)めぐりコース】に 水路伝いに「奥の細道むすび地祈念館」まで 歩きましょうか と言うことで 本日はここまで・・・
次回は水路伝いに歩きながら 『美濃路』へと向かいます・・・
      あしをとめ ふりむくかげも みじかめか